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第61話 ◇お似合いのふたり

Author: 設樂理沙
last update Last Updated: 2025-04-24 12:48:24

61.

 2人の関係は、真っ白と報告が上がってきた。

 報告書を受け取った貴司は、加藤なる調査員からトドメのひと言を

言われる始末。

「あんな素敵な奥さん、私が欲しいぐらいです。

大切になさって下さい。」

 普通の人間なら、ここは喜びほっとするところなのだが

元々目的の方向性の違う貴司はガクっときたのだった。

 内心では自分もこんな風な結末だろうことは、分かっていたのに。

 念のため、録音したという畑でのふたりの会話を聞いた。

 葵の声が弾んでいて楽し気だった。

 息子たちと話している時の妻の様子に近いモノがあった。

 相手に気を許し心を開いている様子を伺い知ることができた。

 長年妻が自分に対してどんなに心を閉ざしていたのか

思い知らされる結果になってしまった。

 今更、と言われるかもしれないが、いつの間にかこんなにも

妻の気持ちが自分から離れてしまっていたのだと気付いた。

 自分は今まで何人の女たちと関わってきたのだろう。

 だが、ひとりとして妻ほどに、自分の心を開いた相手はいない。

 だが、どうもその妻に対しても俺は言うほど心を開いては

いなかったのかもしれない。

 きっと妻の方では俺に対して心と心を通わせ合えるような関係を

構築したかったのかもしれないが、俺は自らそれを打ち壊し続けて

きたのだろう。

  先日の妻の半端ない決意を聞いてしまった以上、焦るものの

妻に家へ帰って来てほしい、また元の家族で暮らそうと

もはや言い出せない貴司なのだった。

            ********

 特に主になって調査を進めていた加藤は、畑での男女を知るにつけ

今時珍しい実直な2人のファンになっていた。

 ある夕暮れ時に見たふたりの姿が今も瞼に焼き付いている。

 女性の方が猫を2匹連れて来ていた日のこと。

 ふたりが水筒に入ったお茶で休憩していたら、それぞれの膝の上で

猫たちが一匹ずつ寝てしまい、ふたりは猫をそれぞれ自分の子供に

するようにやさしく撫でる。

 むろん、ふたりは無言だ。

 そこには2人と2匹のやさしいたゆとう時間が流れていた。

 男と女。 猫と仔猫。

 しばらくの間、4つの存在は切り取られたアルバムの中の写真の

ように異次元に飛んでいった。

 それは美しく清らかな一枚の絵となった。

 この
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  • 『願わくば……』   第61話 ◇お似合いのふたり

    61.  2人の関係は、真っ白と報告が上がってきた。  報告書を受け取った貴司は、加藤なる調査員からトドメのひと言を 言われる始末。「あんな素敵な奥さん、私が欲しいぐらいです。 大切になさって下さい。」  普通の人間なら、ここは喜びほっとするところなのだが 元々目的の方向性の違う貴司はガクっときたのだった。  内心では自分もこんな風な結末だろうことは、分かっていたのに。  念のため、録音したという畑でのふたりの会話を聞いた。  葵の声が弾んでいて楽し気だった。 息子たちと話している時の妻の様子に近いモノがあった。 相手に気を許し心を開いている様子を伺い知ることができた。   長年妻が自分に対してどんなに心を閉ざしていたのか 思い知らされる結果になってしまった。  今更、と言われるかもしれないが、いつの間にかこんなにも 妻の気持ちが自分から離れてしまっていたのだと気付いた。  自分は今まで何人の女たちと関わってきたのだろう。  だが、ひとりとして妻ほどに、自分の心を開いた相手はいない。  だが、どうもその妻に対しても俺は言うほど心を開いては いなかったのかもしれない。 きっと妻の方では俺に対して心と心を通わせ合えるような関係を 構築したかったのかもしれないが、俺は自らそれを打ち壊し続けて きたのだろう。  先日の妻の半端ない決意を聞いてしまった以上、焦るものの 妻に家へ帰って来てほしい、また元の家族で暮らそうと もはや言い出せない貴司なのだった。            ********  特に主になって調査を進めていた加藤は、畑での男女を知るにつけ 今時珍しい実直な2人のファンになっていた。  ある夕暮れ時に見たふたりの姿が今も瞼に焼き付いている。  女性の方が猫を2匹連れて来ていた日のこと。  ふたりが水筒に入ったお茶で休憩していたら、それぞれの膝の上で 猫たちが一匹ずつ寝てしまい、ふたりは猫をそれぞれ自分の子供に するようにやさしく撫でる。 むろん、ふたりは無言だ。  そこには2人と2匹のやさしいたゆとう時間が流れていた。  男と女。 猫と仔猫。 しばらくの間、4つの存在は切り取られたアルバムの中の写真の ように異次元に飛んでいった。 それは美しく清らかな一枚の絵となった。 この

  • 『願わくば……』   第60話 ◇まっしろ、白。

    60. 私が他所の女性と付き合うのを止めるようどんなに頼んでも 分かったと言うだけで馬耳東風、止めようとしなかった夫に 絶望し渇いていた私。  ちょうどその頃、2才を少し過ぎた次男の智也が 台所の椅子に座っている私の側に来て私の頬に キスをしてくれるようになった。 『チュッ』  長男はそんなことをしたことがなかったので最初、すごく 吃驚した。 『₹ャァ ウレピー』  チュッとキスをした後、必ず私に言ってくれた言葉がある。 「おかあさん、しゅきっ ♡」  とてもとても幸せなひとときだった。  それは次男が5才か6才になるまで、結構長い間続いた。  夫からは決して得られない幸せの時間。  私だけを映す次男の瞳がとても愛おしかった。       ** 葵がそんな昔の想い出に浸っていた頃 **  葵の夫である仁科貴司からの依頼で興信所が動いていた。  ありもしない葵の浮気を暴こうと、男関係を調べていたのである。  敏腕調査員、加藤は確信する。  白、シロ……まっしろ。  仁科貴司の奥さんには一切おかしな行動はない。 加藤と一緒に動いていた若手のスタッフ沢田と玉木も 揃って妻の葵のことをベタ褒め。 『ホレテマウワ』  夫なり妻なりが何か思うところがあって調査依頼して来ると 大抵の場合は、その何かおかしいと思う予感は当たっていることの 方が多いものだ。 今回のように何もないことは本当に珍しい。沢田+玉木: 「「この依頼者の旦那さん、いい奥さんで裏山(うらやば)しいなぁ~♡」」加藤: 「ちゃんと、羨ましいと言えっ」 別居している妻が心配でしようがないようだ。 奥さんは、畑を間借りしていて持ち主である小児科医、西島と よくその畑で一緒になる。 自分たちはその畑の数箇所で2人の会話が拾えるように高性能の ICレコーダーを畑のあちこちに取り付けていた。  後《のち》に回収してその会話を聞いた。 2人の会話はどこにでも転がっているような内容で、時々聞いている 者をもほっこりさせるような楽しくてユーモア溢れる話が あ

  • 『願わくば……』   第59話 ◇一生の宝

    59.  「賢也、智也、私ね……愛すべき貴方たちふたりの息子を 授かれたことは本当に私にとって最高のプレゼントだって 思ってる。 だから、夫婦としてお父さんとは上手くいかなかったけど 全てが駄目だったってわけでもなかったと思うの。 今が一番大事だからね、一生懸命前向きに生きるわ。 ここに来るには、ちょっと時間が掛かるけれどいつでも来て。  おいしいモノ作って待ってるから」「ぜひそうする。  ほんと、ここは自然に恵まれていていいところだね。  仕事のことがなかったら、俺もこんなところで暮らしたいよ」 と賢也が言った。 『オレも年とったら、畑してみたい。かあさんがここで 根付いてくれてたら、将来こちらに住む拠点も移しやすそっ。そういう意味でも、かあさん、頑張ってくれよんっ』 と今度は弟の智也が続いて言う。 「西島の父ちゃんがその頃になったら隠居生活に入ってる かもしれんし。譲ってもらえんとも限らんから、おまえ 貯金しっかりしとけっ。」『おっしゃぁ~、お金溜めるべぇ~』 久し振りに会った息子たちはコウやミーミと戯れたり畑へも 一緒に行って野菜を収穫したり、自然を満喫して日曜の午後 帰って行った。  帰ってゆくふたりの背中を見つめ、彼らの行く末が幸多かれと 願わずにはいられなかった。  いつもじゃなくって、瞬間々なんだけどね  幼い頃の息子たちとの日々を思いし懐かしむことがある。  そんな中でも私の荒(すさ)んだ気持ちを解きほぐしてくれた 出来事は私の一生の宝だ。

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